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once 31 三日月と涙

***31*** 

有芯が着替え終わる頃、朝子はもう待ちくたびれていた。

「有芯、遅―い! 準備いい? よし、じゃ行こうよ、早く早く!」

「そんなにせかすな! わかったから静かにしろよ!」

「本当にわかってるの?! じゃ先出てるよー!!」

朝子は早々とドアの外に出てしまった。まったく、思い立ったらすぐの人なんだから・・・。

ふと、有芯はベッドの上に光るものを見つけた。三日月の形をした、朝子のピアスだ。

「有芯~!? 何してんの?」

「今行くよ!」

有芯は、ピアスを自分のポケットに入れると、ドアに走った。


日差しの強い日だ。二人は手紙に書かれた住所と地図を頼りに、人気のない並木の坂道を上っていた。五月といえども気温が高く、木陰でも相当の暑さだった。

「暑いね~。・・・有芯? どうしたの?」

暑さで頬を少し赤らめた朝子と対照的に、有芯の顔は真っ青だ。

「俺・・・帰る」

「・・・なんで?」

「あいつの顔なんか見たら、正気でいられない」

「普通の顔してると思うけどな、今は」

「寝たきりだぜ?! ・・・きっとグロい」

「あんたは一体どんなのを想像してるのよ?! ・・・全くもう! そんなグロテスクな状況の子があんたに会いたがると思う?!」

「だからそれは単なる口実で、そいつの親が俺を・・・」

「あ~~~~~~っ! もうこの話ナシ! とにかく行くよ!」

有芯は立ち止まった。「・・・行かない」

朝子の顔から笑いが消えた。「・・・そんなに意気地なしだとは思わなかったわ」

「ああ、俺は意気地なしだよ。なぁ先輩、寝たきり野郎のことなんか忘れて、ホテル帰って、俺とやらね?」

有芯の頬に、朝子の平手が飛んだ。

「バカにすんじゃないわよ。抱けないって言ったくせに!」

有芯は痛む頬を押え、薄ら笑いを浮かべて言った。

「俺だって男なんだぜ。本当はやっちゃいたかったし」

「そうやってセックスを口実に逃げてるだけのヤツが男だなんて、私は認めない」

有芯は薄ら笑いをやめ叫んだ。「・・・じゃあどうしろっていうんだよ! 俺の気持ちなんか、お前には分からないだろう!?」

「分からないわよ! でも、あんたのそんな姿見たら、ますます連れて行かなければと思ったわ! どうやってでも連れて行くから!!」

「絶対行かねぇ! もう帰れよ!!」

朝子は有芯を見上げ、まっすぐに彼を睨んだ。「絶対連れて行く」

「先輩・・・」有芯は朝子を抱き締めた。「好きだ・・・抱きたい・・・滅茶苦茶にしたい・・・」

朝子は有芯の腕を冷たく振り解いた。「・・・そんな大根芝居が、私に通用すると思ってんの?!」

「芝居じゃねぇよ。マジ」

「バカね。バレバレなのよ。マジなときのあんたは、そんな言い方しないわ」

「とにかくやらせろよ。俺、人妻とやってみたくなったんだ」

朝子は大きなため息をひとつつくと、有芯を見た。「分からないわ。あなたには私の気持ちなんか・・・」

朝子は彼をまっすぐ見つめ、大粒の涙を流していた。

「そんな気持ちからっぽの好きとか抱きたいとか、言われてどんな気持ちになるかなんて・・・あんたには一生わからない」


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